ランニング ウィズ リディアード♪

少し前、昨年から、再び「リディアードのランニング・バイブル :アーサー・リディアード 大修館、小松美冬訳」を読み始めていた。

 ※今後この本の名前をRWL と略記しようと思います。(2011年2月15日追記)

以前読んでいたときには、そのP20に、

 「 週160kmの有酸素ランニングが、最も効率よくスタミナをつける 」

本練習がそれで、補助練習(ゆっくりとしたペースのラン)も同じぐらいの距離を行っていた。。。などと有るので、その当時のランニングは月間160kmぐらいだった筈なので全然無理だなと鵜呑みに読んで感じていたのだと思う。

今現在でも、坂道や、トレランを主にしている事から、月間の走行距離はせいぜい350kmぐらいしか到達しないので、週160kmの半分 あるいは 補助練習も同様だとしたら その4分の1にもまだ満たない。

もともと私も、学生の頃から陸上をしていた訳ではなく、昔からロードランナーだった訳でも無い。でも、ロードはロードで走るのが楽しいし、ロードの練習がトレイルランに有効(ちゃんとロード走れないと、トレイルもちゃんと走れない、というか、私みたいに徐々に伸びが頭打ち気味となる )なので、ロードのランを良く行うようになった。

すると、昔は月にトレイルをがんばって160km走っていた人間が、ロードも走る様になって、月に350kmぐらい走っているとなると、400kmとかもっと走りこんだほうが走力が上がるのでは無いだろうか? といった、微妙な考えが頭の中に広がって、走ることに若干使命感の様な感じを帯びてしまう。

そもそも、走っているのは、自分が気持ち良く走りたいから走っているだけなので、月間400km走りたいとか、意味があるのか分からない数字の積算を目標にするのはどうだったのだろう。私にとっては、微妙だったんだと思う。

気持ち良く走って成果が出る。そんな都合の良い事が有るだろうか。逆に言うと、距離を月間400kmとか、500kmとか走れば走力が上がって成果が出ると言えるのだろうか? 

自分のランの練習に、そのスタンスが役に立つのでは無いかと感じたのは、P18−19 および P32−33あたりに書いてある事。

そもそも、その考え方は距離を週160km以上と規定していたのではなく、ちゃんと読むと 1時間30分走るとか、時間を基準に考えるのだったのだ。

1時間30分等と時間を決めて走ると、目標タイムより短くとかのプレッシャーから開放されて、自分の反応に従って走りやすくなるのだという。(P18−19) また、訳者の 小松美冬さん曰く「のんびり気持ちよく」のペースでは無く、「気持ち良く速くのペース」で時間を決めて、その日の体調を元に気持ち良く速く走ろうとするのが良いのだと言う。

http://photozou.jp/photo/show/1298953/67816788

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